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新城で「戦争体験を聞く会」


 新城市富岡ふるさと会館で10日、「戦争体験を聞く会」(八名郷土史会など主催)が開かれた。太平洋戦争中、県が唯一の開拓団として満州に送り出した「東三河郷開拓団」で、幼少期を現地で暮らした夏目幾世さん(82)=豊川市一宮町=が講演。終戦後に日本へ引き揚げた際の苦悩などを語り、「若い子どもたちも家が一番大事だということを自覚し、平和な国づくりをしてほしい」と語った。
 東三河郷開拓団は1939年に東三河地方を送り出し母体として移民団が組織され、翌40年に黒竜江省甘南県に入植。敗戦により、日本へ引き揚げたり、現地に留まる人もいた。
 夏目さんは3歳の時に両親と祖母、妹と家族5人で満州へ赴いた。終戦後の46年10月に長崎県佐世保へ引き揚げた。
 現地では日本の敗戦により、中国人との支配関係が変わって略奪が行われるようになった。夏目さんは「近くで銃撃戦のようなものがあり、地べたに伏せたことを覚えている」と振り返った。
 寒さが厳しい現地なため中国人が死体に巻かれた包帯など布製品を奪っていったことや、ソ連軍の侵入では仏壇の位牌を持って行かれたエピソードも明かした。
 佐世保へ引き揚げた後に生まれ育った東栄など東三河に帰ってきた。「満州へ行く際に反対を押し切ったことがある。日本も敗戦で苦しい時期だったので申し訳なかった」と語った。
 会では120人が聴講した。郷土史会の安形茂樹会長は「すべての人を不幸にする戦争。戦争に近づかないようにするためには、自分で決断する力をつけ、学ぶことが大事」と結んだ。
(安藤聡)
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